The Band "Music from Big Pink"評

 それそのものは新しさを感じないのに、どこか常にレイテストな音とつながる回路を持った音というのがある。ワタシの場合、それを最も感じるのはライ・クーダとザ・バンドだったりする。これを読んで笑われる人もいるだろうが、実際感じるのだから仕方がない。
 ライ・クーダは、まだそのギターの鋭角さを挙げることで説明しやすい。しかし、ザ・バンドのほうは、自分でもうまく説明できない。実際、ぱっと聴いただけでは古臭くさえある音である。だが、彼らの音には忘れた頃に何度も驚かされてきた。

うーん確かに彼らの「新しさ」を言い表すのは難しい。リアルタイムで聴いていた鈴木慶一伊藤銀次は対談でこんな風に言っている(レコード・コレクターズ増刊『鈴木慶一&キタクマユのグレイトフル・カフェ』)。

伊藤 僕はビートルズから入っているけど、それ以降、ビートルズみたいなバンドに出会えなかったのね。ザ・バンドを聞いたとき、音楽は確かにビートルズより泥臭いものだけど、曲が五目味で、七色の音楽があるような感じで、僕にとっては70年代のビートルズだったんだ。
鈴木 私もまったく同感。新譜を待ちかねて、出たらすぐ買うぞって自分の気持ちが近いのと、すごくコンセプトがあるでしょ、アルバム一枚ごとに。次はこうなる、ああなる、っていうのがね、非常に考え抜かれている。

もう一つザ・バンドの1stが出たのが68年だったというのも一つポイントかと。
早稲田文学」2005年1月の映画『レフトアローン』特集での井土紀州スガ秀実丹生谷貴志の鼎談「68年の臨界点」から引用。

井上 映画のなかではなかなか触れる機会がなかった68年と音楽の話をすれば、このころに出たアルバムは変わったものが多い。ロックが臨界点に達して解体にむかったのかもしれないし、あるいはルーツ回帰というか、再構築がおこる。ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』とか、ヴァン・モリスンの『アストラル・ウィークス』など、いま聴いても非常に奇妙で新鮮なアルバムが出ている。『ビッグ・ピンク』なんて、まさにアメリカ南部のルーツ音楽の「引用の織物」として構成されているし、『ビッグ・ピンク』のプロデューサーだったジョン・サイモンは、のちに自分のソロアルバムでそれを方法論として徹底させている。
丹生谷 ロックで言えば、ビートルズのようなポピュラーなスタイルの音楽はべつとして、68年に出たヘンなLPは、ヘンであると同時にある意味では聴くに堪えません(笑)。ザッパのアルバムなんて、どちらかと言えばザッパに好意的なぼくでさえ、それをぜんぶ聴くことは苦痛です(後略)。

最近思うのはビートルズが「最先端」だったのはギリギリ67年までで、それもビーチ・ボーイズというかブライアンが"SMiLE"を完成させていれば『サージェント』(67年)が「最先端」であることは出来なかっただろうな、と。
もう既にビートルズも解体の方向に行っていて、それをポールが一人頑張って(一人相撲で?)まとめたのが『サージェント』。一方、ビーチ・ボーイズの方は解体をアルバムをお蔵入りにすることで回避したんじゃないかと。
ある意味"SMiLE"は68年的なアルバムでもあるような気がして、やっぱり「早すぎたんだなあ」という感じ。
ザ・バンドの場合は67年はディランと共にウッドストックに隠棲してグリル・マーカス的に言えば「新しい共同体」を模索していたわけで、ただ、これもロビー・ロバートソン主導になっていったりとか、色々とあって2nd(69年)あたりから既にホコロビが見え始めていたし。
ビートルズに戻れば、68年は『ホワイト・アルバム』の完全に拡散した状態であるし、時代を象徴するのはジョンの二つの「レボリューション」、シングルよりもアルバムに収録された倦怠感バリバリの元ヴァージョン「レボリューション1」と、それこそ「聴くに堪えない」、CDなら飛ばしてしまう人がほとんどだと思うサウンド・コラージュ「レボリューション9」なんじゃないかと。